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安曇野・・ 春節も終り、もうすぐ春ですね。おいしいギョウザ有り難うございました。ダイナミックで食べがいがありました。お正月の食べ物なのですね。
クインシー はい、中国の北方では正月に色々なギョウザを食べます。日本の“お節”を先生から頂きまして、あの対談の通りでした。大変勉強になりました。私たちこそ、日本の伝統に則って、初めてお正月を迎えました。
安曇野

良かったね。それに、1月7日には、小川流の煎茶の初煮会に行きましたね。どうでした。

クインシー 晩茶か中国茶を飲んでいる身に取って、あの一滴一滴のお茶の味は生涯忘れられませんね。
安曇野 お家元に代って若宗匠がお手前をされていましたね。江戸川時代から伝われる古式に則って雄々しくお手前をされていました。
クインシー 裏干家や表干家の佗茶とは全く異なったものですよね。煎茶って普通私たちが飲むお茶ですよね。
 
安曇野 い葉茶という意味では変わりませんね。中国でも抹茶して飲む習慣はあったらしいのですが、今日の飲み方とは異るものだと思います。干利休が立案した武人の茶です。それに対して、煎茶は、町の中でも売っていた。小川可進という後楽先生のご先祖が、考案した市井の茶です。
クインシー 文人風というか、三清庵のピリッとした雰囲気いいですね。
安曇野 昔は、御所の西側にあったそうです。募末の志士たちが後楽堂にもたむろしていた。祇園での話は尽きませんが、山紫水明処で契茶しながら、日本のこれからを講じていたのでしょうね。
クインシー 三清庵は、築十年程の新しい茶室ですが、後楽先生好み中国風がさまざまなところに取りは入れられて、書、画一体の世界を堪能させていただきました。それに小饌席も良かったね。前回の先生との対談を想い浮べながら、いただきました。
 
安曇野・・ よかったですね。今年の正月は日本風にドップリとつかることが出来たんですね。あと、三ヶ日は何をしました。
クインシー 寺や神社をずいぶん廻りました。MPPが、しっかりと日本の中に定着し、日本とマレーシアの強い袢になれるように、とお願いしてきました。
   
安曇野 それは、それは良かったですね。紅白歌合戦とか、ゆく年くる年などの番組もみましたか。
クインシー  はい、日本人の気持ちが、よく分かる様に、ずいぶん研究しました。で、先生。正月3日のNHKで歌舞伎の特集をやっていたのですが、難しくて、よくわからないんです。先生には『伝統演劇を学ぶ』(角川書店刊)という著作もあるようで教えを乞いたいのですが。
安曇野 ハイ、ハイ。わかりました。1月3日のNHKですよね。国立劇場から菊五郎劇団の生中継をやっていた番組ですよね。
クインシー

確かにそうです。私の好きな海老様は残念ながら出演していなかったんですが、菊之助さんが可愛かったですね。

安曇野 女型って判りますよね。赤姫といってお姫様役が出来る女型がこの世界ではトップスターなんですね。菊之助さんは今、そのホーブとして期待されていまして、娘役というか赤姫を荷える役者に確実に成長しています。
クインシー 年末に父と母が来日しまして、南座の「招き」を一緒に見学しました。見たかったんですが、切符もとれなかったし、父や母は日本語が全く分からないのでたいくつなだけ、と思いまして、あきらめました。
安曇野 残念でしたね、昔の南座は、「顔見せ」といって東西の名優が集まって、年に一度の大興業をおこなうんです。特に昨年は藤十郎襲命興業で、それはそれは、はなやいでいましたよ。坂田藤十郎という江戸時代の上方歌舞伎の花といわれた坂田藤十郎が231年振りに復活して、復曲した「夕霧名残の正月」が話題になっていました。
クインシー 江戸の荒事、上方の和事、というのですか。
安曇野 よく知っていますね。
クインシー 先生の本読みました。それくらいは常識(?)それで「紙衣」というんですか、和紙の着物を着ていたんですね。
 
安曇野 そうなんです。江戸時代の流行という訳ではないんですが…。良いところの若旦那が、放蕩尽して、散財した末に家に帰れなくなって和紙を張り合わせて、着物をつくっ着ていたんですね。すり切れた和紙を着て、若旦那のやつれ姿を表現していたんです。
クインシー そういうことですか。顔見世は誰が良かったですか。
安曇野・・ その「夕霧名残の正月」の中で亡くなった夕霧太夫の役に雀右衛門さんが出て来るんです。幽霊ですから、余り動かないですが。とても綺麗でしたよ。
クインシー 雀右衛門さんといえば、70歳の中幅。四捨五入したら80歳ですよね。その方が15〜6歳の遊女をやっているんですね。
安曇野

まあ、近場ではみれませんが、「曽根崎心中」の雁治郎さんも若いですね。

クインシー 藤十郎さんでしょ。
安曇野 はい、はい失礼しました。そうですね。役者の名前には格がありましてね。雁治郎というのは現在で三代目ですが、関西では、片岡家と中村屋の二つの家が、全体をまとめているんですが、雁治郎という名前は、中屋家のトップの座頭の名前です。
クインシー 小川後楽先生にも本名があるんですね。
 
安曇野 ハイハイ。ありますよ。市川家は、現在13代目で頭領が団十郎新之助と海老蔵出世魚みたいに、芸と共に格が上っていくんです。お酒やさんも、家号と主人の名前がきまっているところがあります。例えば、増田徳ェ衛商店って、代々継がれていくんです。
クインシー 外国では、ジュニア(Jr)って継ぐ場合もあるんですが、Jr、Jrっていうのは余り聞きませんね。余談が過ぎまして、話しを元に戻しましょ。
安曇野 そうですね。エ〜っと、「曽我梅菊念力弦」の話してしたね、これで「そがきょうだいおもいのはりゆみ」って読むんです。
クインシー 普通の日本人だって読めませんよね。
安曇野・・ 音や語呂を合わせたり、通や粋な人なら理解出来る意味を冠せて江戸前に仕立てるんですね。
クインシー 全編を通して見ていなかったので、理解出来なかったかも知れませんが、かなり難しい作品ですね。
安曇野

お正月の歌舞伎というと「曽我物」と決めまっていまして、富士山と敵討ちということで目出たし、目出たしなんですね。それにこの作品の作者は、かの有名な鶴屋南北でして、色々な作品をパロディー化したり、種々な「世界」を綯い交ぜにして、ひとつの作品まとめあげる。

クインシー 「世界」ってなんですか。
安曇野 時代設定を意味します。この演目でいいますと「曽我の世界」です。というか江戸時代の敵討ちの話しですが、徳川幕府を批判する訳にはいかないので、鎌倉時代に設定を変えて、話を展開していく訳ですが、舞台では現実の世界を描写してありますので、観客は「あの話」だということがすぐ判ってしまいます。「忠臣蔵」って、知っていますよね。昔あくと鶴ヶ岡八幡宮ですよね。時代は、この作品と同じ鎌倉時代です。この作品忠臣蔵のパロディー的なところもあります。
クインシー なんとなく判りますが、良くみえてきません。
 
安曇野 それと、南北という人は脚本家としてかなりの力量の持主で、そのまでの作品を対象化出来た。彼の想惑、力量が、そうさせたのでしょうけど、「曽我」「おはん長兵門」「おその六三」の三つの世界の人物が混り合って展開していくので、奇想天外な話になっていって、わかりにくいんですね。
クインシー そうですよね。鶴ヶ岡八幡宮での話が、江戸の町長屋での話しに継かっていくなんて、判けが判りませんよね。
安曇野・・ それが綯い交ぜということです。江戸時代では、新春の、通し狂言といえば「曽我物」という定番があったのですが、それが嫌になったんでしょうね。曽我と他の世界を加えて、一、二番目を時代、世話、時代、世話を混合させて、曽我的世界を薄くして、おその、おはんという姉妹の悲話と「天国の刀」という名刀探しの話を合わせて展開しようとした結果、こんな展開になってわけが判らなくなってしまったんですね。
クインシー それでも、よくまとまっているということらしいですね。
安曇野

お正月の歌舞伎というと「曽我物」と決めまっていまして、富士山と敵討ちということで目出たし、目出たしなんですね。それにこの作品の作者は、かの有名な鶴屋南北でして、色々な作品をパロディー化したり、種々な「世界」を綯い交ぜにして、ひとつの作品まとめあげる。

クインシー よくご存知で。ということで、今日のお世話した飛び飛びの綯い交ぜでしたね。ということで、お時間になりました。
(2006年2月10日)